写真家の男が雪山に彼女を連れて写真撮影に行った私が主に祖母の世話をしていました

2016年05月08日

台湾人Fとは、彼が日本語勉強で日本滞在中に友達になりました

226 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/05/27 17:49:00
こぴぺ1 
台湾人Fとは、彼が日本語勉強で日本滞在中に友達になりました。 
アメリカで教育を受け、父親は台湾の銀行の重鎮、お姉さんは結婚してカリフォルニア在住、当時は台湾に戻っていたお兄さんはハーバードビジネススクールの講師という、超エリート集団なおうちの人でした。 
彼自身、大学卒業後は台湾に戻り、自分で出版版権のエージェントの会社をおこし、日本のアニメやマンガの版権を扱う仕事をしていました。 
仕事の関係上、年に数回日本に来日していた彼とはそのときどきに会い、日本のアニメ・マンガの情報を流しつつ、いろんな話をよくしていました。 
彼は日本語、私は英語と、お互いの語学の勉強向上もあって、私たちはけっこう仲良しでした。 
ある時、その日本出張に、日本のコロコロコミックの版権を持つ出版社の社長と編集といっしょに、自分のガールフレンドを連れてきました。 
つきあっている人がいるが、諸事情で一族全部からつきあいを反対されていると話にでていた彼女、細くて小さくて、俗に言う「守ってあげたい系」の女性でしたが、感じも悪くなく、ごくごく普通の人でした。 
ひとつ、幼い頃にポリオ(小児麻痺)にかかったため、片足が不自由で、妊娠は無理だと医者から言われているということを除けば、外国人の私には、なぜ結婚を反対されているのかわかりません。 
その時の彼女は、彼が最初に勤務した出版社に勤務していて、その時の来日も仕事がらみでした。 
重い口調で結婚を反対されていることを話す彼の様子に、なんでそこまで暗くなるのかよくわからないけど、大変なのねーということだけの理解で私は終っていました。 




227 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/05/27 17:50:00
こぴぺ2   
その年の12月。 
台湾に遊びに来いという彼からの再三の誘いに応じ、私は友達と三人で台北に旅行に行きました。 
基本的にひとりでも海外大丈夫な私なのですが、行く前から彼が異様に盛り上がり、私たちの日程をきれいに決めてしまい、私たちがやりたいこと、行きたいところを網羅したスケジュールをファックスしてきていたり。 
じゃあおまかせしましょうと、私と友人二人、MとYは何も考えずに台北いりしました。 
ホテルで待っていてくれたFは、早速私たちを地元で有名な北京ダックの店に連れていってくれました。 
そこで、Fの恋人の彼女が待っていました。 
私たちは楽しくおしゃべりしながら、夕食を終え、次の日からのスケジュールを打ち合わせしました。 
それから。 
彼の家族、友人関係が同行しないときは、必ず彼女が同行しました。 
よく時間あるよなぁと思った友達がFにそれを問うと、彼女はすでに仕事をやめ自宅におり、生活の面倒はすべて彼がみているとのこと。 
しかし、相変わらず彼の両親や知己はそのつきあいを反対しているとのことでした。 
なぜそこまで執拗に反対されるのかということを別の友人が訪ねると、「彼女は客家だし、ガイショウの人(ネイティブな台湾人ではない、中国本土からきた一族)だから」という理由が返ってきました。 
それで、彼の一族やら友達までがそこまで騒ぐもんかねーと私たちは思いましたが、まぁ、個人のプライバシーにかかわる話ですし、文化や習慣の違う国のこと。わからないこともあるでしょうと、それで納得しました。 
二日目の夜、私たちは彼のおにいさんとその恋人をまじえて、おしゃれな台湾料理の店で大盛り上がりしました。 
お兄さんの恋人のエミリーが、私の耳元で「Fの恋人に会った?」と聞くので、「彼がいる時はほとんど彼女もいるよ」と答えると、エミリーは一瞬驚いた顔をして、「彼らがつきあいを反対されてる話、知ってる?」と私にたずねました。 
知ってるけどどうしてだかは知らないと答えた私に、エミリーは「彼女の一族に問題があるのよ」とだけつぶやきました。 
その後、お茶しに行こうと通りを歩いていると、突然Fが顔色を変えて駆け出しました。 
通りの向こうから、彼女が歩いてきていました。 



228 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/05/27 17:51:00
こぴぺ3 

待ち合わせしていたの?と聞いた私に、Fは「偶然」と答えましたが、私はエミリーの顔色が変わり、にぎやかだった彼のお兄さんが口とつぐんでしまったことを、私と友人ふたりは不思議に思いました。 
当然のように私たちにジョインしたFの恋人は、今日は何していたの?と屈託なく私たちに話かけます。 
場は、妙にシラケていました。 
そしてお茶を飲み終わってFの家に行くとなった時、彼女は私たちから少し離れた場所でFと意味深長に何かを話した後、私たちに笑顔で別れを告げて帰っていきました。 
それを不思議に思いながら見ていた私たちに、エミリーが「彼女は行かれないのよ。彼の家族にも友人にも、会ってはいけないの。反対されてるからだけじゃなくて、帰らなければならないの。それにしても、なぜ彼女がここにきたの?」と、不快感も露骨に私たちに言いました。 
これだけ聞くと、エミリーってやな人?という印象を受けますが、ひじょうに明るい知的な人で、私はその後の彼女とのつきあいでも、一度も人の悪口や陰口を彼女から聞いたことはないし、思いやりあふれるすてきな人でした。 
その彼女が、そこまで露骨にいやな態度を隠さなかった。 
その時の私たちには、それがいったい何に由来するものなのか、わかりませんでした。 
その日その後、私たち三人はFの自宅に招待されました。 
都内目抜き通りの面した彼の家では、お父さんの誕生日だということでケーキが用意され、私たちもご相伴にあずかりました。 
ちょっとお酒はいっていた私たち、「お誕生日って知らなかったので、プレゼントがありません。なので、おとうさんの健康を願って娘三人からキッスを贈ります!」と三人それぞれでおとうさんにほっぺにキッスを贈りました。 
日本占領時、日本語教育を受けたFの両親は日本語堪能で、日本びいき。 
一人娘を外国に嫁がせて寂しかったのか、Fの両親は私たちの突然の来訪をとても喜んでくれて、みんなで大盛り上がりとなりました。 
彼のお母さんは、「うちの息子はふたりとも独身だし、三人のうちの誰かが私の娘になってくれたらとってもうれしいわ」と本気ともとれるようなことを言い出したり。 
Fもお兄さんも、今度くる時はうちに泊まるといいよと、明るく私たちに言いました。 



229 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/05/27 17:53:00
こぴぺ4 
次の日。 
小雨降る中、足ツボマッサージから有名な花市場へと、私たちはFとその恋人と5人で向かいました。 
途中で、さといYが私とMに小声で言いました。 
「彼女の態度が前と違うよ。なんか、泉ちゃんに対して嫉妬を隠してない。 
いきなりすごいやな感じの女ってふうになってるから気をつけたほうがいいよ」 
私もそれに気がついていました。 
それはひじょうに露骨で、いやらしく、あからさまでした。 
もとから私とFはただの友達同士ですし、誤解されるのは私としてもいやなことなので、できるだけ彼女の気持ちに触れないようにとは気をつけましたが、 
彼女の態度はどんどんエスカレートしていくばかり。 
花市場の真中で、疲労で具合が悪くなり座り込んでしまった私に気づかず、Fと彼女が人ごみの中に消えたのを見たMとYは、「いくらなんでもちょっとひどい。 
別に案内してもらわなくても私たちは自分たちでまわれるし、そもそも彼らのデートの隠れ蓑に使われるんじゃたまったもんじゃない」と激怒。 
私たちの姿が消えたのに気づいて、血相変えて走ってきたFに、MとYは「もう案内はいいです、泉も具合悪いし、そちらもふたりでいたほうがいいでしょう」と伝えましたが、Fは青ざめた表情で「でも、みんなのためにレストラン、予約しているんだ」と私たちに言いました。 
結局そのレストランに行った私たち、その日の夕食はさんざんでした。 



230 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 17:54:00
こぴぺ4 
そこで私たちと別れてひとり、タクシーで帰宅した彼の恋人。 
Fと私たち三人は、台北で有名なお寺へと向かい、そこでFのお兄さんとエミリーに合流しました。 
「これ、みんなに渡したかったら」と、私たちにおいしいお菓子のおみやげを渡してくれたエミリー。 
そこから私たちは、露店でにぎわう通りをゆっくりと歩き出しました。。。。。が。 
「泉、ちょっと早く歩いて」と、突然Fが私の腕をつかんで、ものすごい勢いで歩き出しました。 
みるみるうちに、MやY、おにいさんやエミリーの姿は人ごみの中に見えなくなってしまいました。 
少しして、やっと歩調をゆるめたF。 
私の顔を見ながらいいました。 
「僕はもう疲れた。全然うまくいかない。もうどうしていいか、わからない」 
そういう彼に、「そんなに彼女と結婚したいのなら、親との縁を切ってでもいっしょになればいいじゃない」と私が言うと、「親子の縁を切るなんて、そんなことはできない」と彼は答えました。 
「もうどうしたらいいのかわからない。両親のことも、彼女のことも、何もかももうわからない。なぜ、僕がこうしているのかも、わからない。なぜこんなことになってるのかも、わからないんだ。 
僕は自由になりたい。全部捨てて、泉みたいに自由になりたいんだよ」 
苦渋に満ちた声で彼がうつむきながら私に言ったその時。 
私が炸裂しました。 



231 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 17:55:00
こぴぺ5 
当時の私は、本当に本当に大変な時期をやっと乗り越えつつあるときで、その状況を彼はよく知っていました。 
私は通りのど真ん中で、仁王立ちになり、怒鳴りました。 
「馬鹿もの!!何甘えたことぬかしてんだ!!自由になりたいだと?私みたいに自由になりたいだと!!その程度のことでよく、そんなこと言えるな!! 
そんなに自由になりたきゃ、頭さっさと丸めて寺でにも行け!!そしたら、今のあんたの状況からは自由になるよ!逃げられるよ!寺なら、この国ならそこら中にあるじゃん!! 
さっさと頭丸めて、今すぐ寺にでも行け!!その覚悟もないんだったら、そんなくだらないこと、関係ない私にぬかすんじゃない!!」 
あまりの激怒ぶりに彼はその場に凍りつき、仁王立ちになって怒鳴る私を、日本語がわかる露天のおじさんとたまたま通りかかった年配の男性がなだめにかかりました。 
やっと追いついてきたYとM、お兄さんとエミリーは、なにやらあったとは感じたようでしたが、あえて何も聞かず、その日は何もなかったように彼らと別れ、そして私たちはホテルに戻りました。 
部屋で、私はYとMに何があったかを話しました。 
「何かあったとは思ったけど、そういことだったのかぁ」というふたり。 
「でも、泉ちゃんにそれを言うのは、間違ってるよなぁ」というMに対してYが、「でも、なぜいきなりそんなふうに素に戻ったみたいなこと、言い出したんだろう?」と言いました。 



232 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 17:56:00
こぴぺ6 
え?どういうこと?と問うた私とMに、「なんかさぁ、Fって彼女がいる時とそうじゃないときと、全然別人っぽくない?」と。 
「言葉の使い方から、雰囲気から、全然違っちゃってて、別人みたいなんだよね。不自然なくらいに。傍目からみてても、彼女といる時のFって、なんか変な感じする。楽しそうじゃないんだもん、全然、なんかぼーーーってしてるし」 
もともとアメリカで教育をうけているF、合理的かつ欧米的ですが、彼女とつきあいだしてからなにやら宗教めいたことを言うことが増え、例えばいきなりセンス悪い数珠の腕輪をしてきて 
「彼女とお寺にいって、生涯永遠の誓いの証でこれをふたりでした」と言ったり、「有名な術師に会ってみてもらったら、彼女と僕は、前世のすべてで結ばれる運命にあるんだって」と言ったり。 
そのわりに、仕事ほったからして私たちにつきあう彼に、「や、仕事優先させてくれよ」と言った私たちに対して、「彼は社長でえらいんだから、時間くらいいくらでも自由になるのよ」と艶然と笑う彼女がいたり。 
なんか女郎蜘蛛の罠にはまったって感じ。 
まぁ彼女、そんなにヤリテみたいな感じでもないけど、そんなにすごい魅力あるのかなぁ。 
そう言うYに、「でも自分で選んで好きになった相手なんだからさー」と答えたMと私でした。 



233 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 17:57:00
こぴぺ6 
最後まで彼女の毒気にあてられながらも、無事帰国した私たちは、 
「ま、恋人の女友達にちょっと嫉妬はいっちゃったってことで」 
と、自分たちで勝手にケリつけて、楽しかったことだけおぼえているような状態になった、年明けの2月。 
ある時から私、身体が重くてかったるくて、朝、起き上がることができないという日々が続きました。 
これが本当にどうにもこうにも具合悪い。 
あまりにだらだらとそれが続くので、精密検査に行きましたが、異常なし。 
おかしいなぁ、なんなんだろうと思って少しして、Yから電話がはいりました。 
「泉ちゃん、Fの恋人からもらったカード、どうした?」 
そお、私たちは旅行二日目に、彼女からパウチッコした観音様のような感じの女性の絵をそれぞれ、もらっていたのでした。 
仏教の勉強をしていて、そこで買ったのよと、イタリアンレストランで彼女から笑顔で渡されたそのカード。 
実は私、家族がそういう宗教関係のものを人からもらうのをひじょうにいやがり、年明け早々川崎大師の護摩焚きに際に、他の札といっしょに火にいれてしまっていたのでした。 
どうにもこうにもそれを言いにくくて、もがもがしていたら。 
「まだ持っているんだったら、すぐ近くのお寺か神社にもっていって、処分してもらって!」とY。 
何をそこまで言い出すの?と聞く私にYが話したこと。 
私の背筋が凍りました。 



234 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 17:59:00
こぴぺ7 
年明けから、いきなり不正出血が始まったY。 
医者にいったが原因不明、それでも止まらず、ひどい貧血状態になってしまいました。 
自分も刃物関係を扱う仕事のY、普段から鬼門にお清めのお塩を欠かしたことがありませんでした。 
そうだ、Fの恋人からもらったお札が確か神様系だったなぁと思い出し、何気なくお清めのお塩のそばにその札を置いて寝ました。 
朝起きて、玄関に新聞をとりにいったYは、蒼白になりました。 
札の横で、清めの塩がきれいに溶けていたのです。 
真冬の2月に。 
恐ろしくなったYは、友達に同行してもらって、その塩をつくっているお寺にいき、住職にその札を見せました。 
住職がその札を持ったその瞬間。 
「う!!」と声をあげた住職の鼻から、たらたらと血が流れてきました。 
Yはその瞬間、貧血で失神しそうになったそうです。 
「その札そのものには、悪いものはないんですって。まぁ、ああいう神聖なものをパウチするってのは常識的にだめだけど。 
で、この札は人からもらったものですね?って聞かれて、札をくれた人がすさまじい強烈なネガティブなものを持ってるって言うのよ、その住職さん。 
本人の意志云々じゃなくて、彼女が持つ何かがすごい悪いって。他にもらった人がいますねって聞かれて、 
すぐにお寺か神社でお清めしてもらって処分するようにしないと、とんでもないことになるって言われたの!!泉ちゃん、いい? 
その住職、お祓いもできる人なのに、自分では処分できないから、上のお寺に持っていくって言ったのよ」 
私は正直に、すでに自分がもらったものは、大師様で処分したと伝えました。 
残るはM。 
そういうのをさっぱり信じないMは、案の定手帳にいれて持って歩いていました。 
私とYの話に、「わかったー」と明るく答えた彼女。 
これで一応終わりと、私たち誰もが思っていました。 



235 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 18:00:00
こぴぺ8 
6月。 
Mのお母様が、突然入院しました。 
良性の脳腫瘍といわれ、すぐさま手術。無事終って医師からOKが出たその直後、またしても腫瘍が見つかり、また手術。 
それが続き、さすがの医師からも「理由がつかない、おかしすぎる。良性とはいっても、こんなことが続けば、命にかかわる」といわれました。 
7月、看病に疲れた彼女のお父さんが、突然ガン末期告知。 
昨日まで元気だったお父さん、たまたま受けた成人病検査でそれがわかり、本人に告知しないままとりあえず開腹検査ということになり。 
医師からは、「すでに末期と思われます、手術しても助かる見込みはありませんが、とりあえず状況だけは見る必要があります。 
ただ、なぜ今までわからなかったのか、それが不思議です」と言われたそうです。 
その話を聞いた私、「M、もしかしてあのカード、まだ持ってるんじゃないでしょうね?」 
「・・・・・・・・・・・・・・持ってる。手帳にいれてままになってる・・・」。 
そう答えたM、神社やお寺に行く時間がないというので、事情を書いた手紙にお金をつけて、もっていくだけもっていけと私とYで言い、Mはすぐさまそのとおりにしました。 
一ヵ月後、開腹検査をした彼女のお父さんの胃は、ガンがあった形跡だけがケロイド状に残っているだけで、ガンは発見されず、 
お母様の頭にできた四度目の腫瘍は、最後かもしれないと言われた手術を前にあとかたもなく消えました。 



236 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 18:01:00
こぴぺ9 
その年の夏、Fと彼女は結婚しました。 
私のところにも招待状が来ましたが、私は彼らとのつきあいを完全に絶ちました。 
そして半年後。 
たまたま台湾に再び別の友人と遊びにいくというY、「私は特に関係があるわけではないから、Fと会ってもいいかしら?」 
というので、私のことにはいっさい触れないということを前提にOKを出しました。 
しかし、帰国したYの話を聞いて、私たちはさらに恐怖のどん底へ・・・・・ 
空港到着直後、Yの友達がちょっこり空港内でコケたそうです。 
それがみるみるうちにふくれあがり、腫れだし、Fと彼女が待つホテルに到着したときには、痛みすさまじく、腫れのために靴がはけないほどに。 
鍼医師であるYがすぐさま治療しましたが、ホテルのスタッフがそれをみて、「もしかしたら骨折かもしれないから、明日病院にいきましょう」といってくれたそうです。 
その日、いっしょに夕食をとるはずだったFと彼女は、Yと友達を心配しながら帰っていったそうです。 
次の日、電車で高雄に行く予定だったYたち。 
この足では無理と思っていたら、朝にはきれいに腫れもひき、痛みもまったくなくなったので、何事もなかったように高雄に移動したそうです。 
そして高雄から戻ってFの両親の家に招かれた時。 
笑顔で迎えてくれたFのお母様から、Fと彼女の結婚について、結局最後には自分も折れたが、父親だけは頑として反対していたこと、 
それでも結婚式をするとなったその一月前、突然父親が心臓発作をおこし亡くなったことを聞いたそうです。 
Yは、その話を聞いた時、友達の足の腫れを瞬時に思い出し、身体が震えたそうです。 
「みんなが泉ちゃんのこと聞いたけど、元気ですとしか言わなかったからね!!」とYは言いました。 




237 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/05/27 18:03:00
こぴぺ10 
その後。 
みんなが口をつぐんだ彼女の存在。 
それはいったいなんだったんだろうと思っていた私に、ある人が話してくれたこと。 
「中国には蟲毒と呼ばれる一族がいて、蟲や動物を使ってまじないや呪いをほどこす人たちが実際いる。 
たぶんその彼女は、その一族なんじゃないかな。実際高い能力を持つのは女性に多く、 
その人たちは蟲や動物を使わなくても、その思念だけで呪いをかけたりすることができるって話も聞くよ。 
話を聞いていると、その相手の男性、まさに魅入られたって感じするしね。 
彼女と離れて泉さんたちといた時、たぶん別のバイブレーションの中にはいったので、彼女の影響下から一瞬ぬけて、素に返ったんじゃないかな。 
だからそんな突拍子もないことを泉さんに言ったんだと思う。 
関わって、彼女にとっていやな存在になった人は、たぶん彼のお父さんと同じ運命になっちゃうんだろうから、関わらなくて正解だとは思うけど・・・・・・・ 
たぶん、彼女が意図してやってるってよりは、勝手に思念だけ飛んでるって感じだね。関わりをすべて絶ったのは、正解だったと思うよ。 
まさに命に関わることになってたと思う。でも、たぶん彼の一族は、彼女のそういうのに取り込まれていくだろうなぁ。お兄さんとか、無事だといいね。 
子供できないって言ってたみたいだけど、蟲を使うその種の人は、一子だけもうけてその力を伝えるって話もあるから、たぶん子供生まれるよ。 
その一子ってのは、女だろうね。蟲つかいは、基本的に女性の一族だから」 

それから二年後。 
仕事関係で本当に偶然話す機会のあったFから聞いた言葉。 
「泉、僕、父親になったんだ。そうなんだ、彼女子供ができない体だって言ってたけど、赤ん坊が生まれたんだよ。僕、父親になったんだ。娘ができたんだよ」 


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